「最近、記事や会議で『ナラティブ』という言葉をよく見るけれど、ストーリーと何が違うのか、自分の仕事でどう使うのかが分からない」
このように感じていませんか。
近年は「ストーリーではなくナラティブが重要」と語られる場面も増え、ビジネスの現場でも耳にする機会が多くなりました。
そこで本記事では、ナラティブの意味とストーリーとの違いを整理したうえで、採用・1on1・組織づくりといった人事の現場でどう活かせるかを解説します。
ナラティブを正しく理解し、自社の採用や組織開発に役立てるための足がかりにしてください。
ナラティブとは|語り手自身が紡ぐ、現在進行形の物語
ナラティブとは、語り手自身が主人公となって紡いでいく、終わりのない物語を指す言葉です。出来事そのものより、本人がその経験をどう受け止め、どのような意味を見いだしているかに重きが置かれます。
ビジネスでは「ナラティブアプローチ」「ナラティブマーケティング」といった形で使われ、相手(候補者・部下・顧客など)の視点に立った物語を重視する考え方として広がってきました。
ナラティブとストーリーの違い
ナラティブとストーリーの違いは「物語の主役が誰か」と「物語が完結しているか」という2点にあります。ストーリーは、あらかじめ構成された筋書きや完結した物語として語られることが多いです。ナラティブは語り手自身の視点や意味づけを含み、現在進行形で変化していく物語として捉えられます。
両者の違いを下の表に整理しました。
| 比較軸 | ストーリー | ナラティブ |
| 語る主体 | 企業や第三者が整理して伝えることが多い | 当事者自身の語りが中心 |
| 時間軸 | 過去の出来事を完結した形で語る | 現在から未来に向けて変化していく |
| 重視する点 | 筋書き・構成・分かりやすさ | 解釈・意味づけ・共創 |
| 例 | 会社の沿革・創業秘話 | 社員が語る「働く意味」 |
『ナラティブカンパニー』の著者でPRストラテジストの本田哲也氏は、ナラティブを「物語的な共創構造」と定義しています。
ストーリーは企業やブランドが主役とされますが、ナラティブは生活者が主役です。現在から未来に重きが置かれ、業界の枠を超えた社会全体を舞台に共創される点に特徴があると説明されています。
採用に置き換えると分かりやすくなります。「当社は創業30年の安定企業です」と会社が語るのはストーリーです。
一方、入社3年目の社員が「自分がここで何を任され、どう成長してきたか」を語り、それを候補者が受け取って自分の未来を想像する語りがナラティブにあたります。
参考:flier「なぜ、いま企業に『ナラティブ』が必要なのか?」
なぜ今、ビジネス(人事・経営領域)でナラティブが求められるのか
ナラティブが注目される背景には、会社が一方的に発信する物語が以前ほど通用しなくなったという変化があります。PRストラテジストの本田哲也氏は、その転換点としてコロナ禍を経た3つの変化を挙げています。
| 変化 | 内容 |
| 「共体験」価値の高まり | 一方的に見せられる物語より、相手と一緒に体験し共有する物語が響くようになった |
| 「社会的距離」の見極め | 企業と個人の距離感が問われ、対等な関わりが求められるようになった |
| 「自分らしさ」が問われる | 画一的な価値観より、一人ひとりの「自分らしさ」が重視されるようになった |
この3つは、そのまま人事の現場にあてはまります。
会社が掲げた理念やスローガンを上から配るだけでは、社員も候補者も心が動きません。これからは、社員一人ひとりが「自分にとってこの仕事や会社にどんな意味があるか」を語れる場を作ることが大切です。
そのうえで、個人の語りと会社の目指す方向を結びつけていく進め方が、採用や組織づくりでも求められるようになっています。
ナラティブを実践する「ナラティブアプローチ」の基本
ナラティブアプローチとは、相手が語る物語に耳を傾け、その語りを通じて問題の新しい見方を一緒に見つけていく対話手法です。心理療法や社会福祉などの領域で発展してきた考え方で、現在は医療やキャリア相談、上司と部下の対話にも応用されています。
この手法の目的は、専門家と相談者、あるいは上司と部下のあいだにある「立場の力の差」を埋めることにあります。
聞き手が知識や正解を押しつけず、「相手のことは相手に教えてもらう」という姿勢で向き合う点が特徴です。これにより、相手は安心して自分の物語を語れます。
実践は、次の流れで順番に進みます。後半の採用・組織での活用は、この考え方が土台になるため、基本を理解しておきましょう。
- 思い込みを生む「ドミナント・ストーリー」を聴く
- 対話しながら問題を「外在化」する
- 内省を促す質問をする
- 新しい見方を見つける「オルタナティブ・ストーリー」を構築する
順番に見ていきましょう。
1.思い込みを生む「ドミナント・ストーリー」を聴く
最初の段階は「ドミナント・ストーリー」に耳を傾けることです。ドミナント・ストーリーとは、本人が「自分はこういうものだ」と思い込んでいる、その人を支配している物語です。
例えば「自分は何をやってもうまくいかない」「この部署では評価されない」といった語りがこれにあたります。
ここで聞き手がすぐ助言や否定を挟むと、相手は本音を語らなくなります。まずは口を挟まず、相手の物語をそのまま受け止めることがポイントです。
2.対話しながら問題を「外在化」する
次の段階では、聴いた思い込みを本人から切り離して扱います。これを「外在化」と呼びます。問題を本人の性格や能力のせいにするのではなく、本人とは別に存在する「課題」として、一緒に眺められるようにする方法です。
例えば「自分は評価されない」と語る相手に対し「評価されていないと感じる場面には、どのような共通点がありそうですか」と問いかけると、本人と問題のあいだに距離を作りやすくなります。
3.相手の内省を促す質問をする
外在化と並んで欠かせないのが、相手の内省を促す質問です。。これは「本当にそうなのか」を一緒に確かめていく問いかけを指します。相手の思い込みを正面から否定するのではなく、その前提が事実とずれていないかを、質問を通じて本人に気づいてもらうのが狙いです。
たとえば「自分は評価されない」という語りには、次のように問いを重ねます。
- 聞き手「そう感じたのは、どの場面でしたか」
- 語り手「去年の面談で、一度言われただけかもしれません」
ここで大切なのは「それは思い込みだ」と正解を突きつけないことです。相手が自分で「あれ、一度きりだったかも」と前提を見直せるように問いかけます。
さらに質問を重ねると、思い込みと食い違う事実が見つかります。これを「例外的な結果」と呼びます。
「逆に、うまくいった場面はなかったですか」と問い「そういえば後輩からはよく頼られている」と出てくれば、それが次の段階で新しい物語の手がかりになります。
4.新しい見方を見つける「オルタナティブ・ストーリー」を構築する
最後の段階は、思い込みに代わる新しい物語を一緒に組み立てることです。これを「オルタナティブ・ストーリー」と呼びます。前の段階で見つけた「例外的な結果」を手がかりに、本人の経験を別の角度から捉え直していきます。
先ほどの例で考えてみましょう。「自分は評価されない」という思い込みも「否定的な評価は一度きりで、普段は後輩からよく頼られている」という事実とつなげれば見え方が変わります。そこから「自分は信頼されている」という新しい物語へと置き換わっていきます。
人を変えるのは、外から与えられる正論ではありません。本人が自分で語り直した、新しい意味づけです。だからこそ聞き手に求められるのは、答えを与えることではなく、相手が物語を語り直すのを隣で支える姿勢だといえます。
ナラティブを人事領域で活かす方法
ここからは、先ほどのナラティブアプローチの考え方を、人事の現場でどう応用するかを見ていきます。
採用・採用広報|候補者と物語を共創する
採用においてナラティブを実践する際は、会社が魅力を語るのではなく、すでに働いている社員に自分の言葉で語ってもらいましょう。
整えられたメッセージより、当事者の語りのほうが候補者の心に残るためです。
| 採用広報での見せ方 | |
| NG例 | 会社が用意した「成長できる環境」「風通しの良い社風」というフレーズを、会社の言葉として一方的に掲げる |
| OK例 | 社員に「入社後どんな壁にぶつかり、どう乗り越えたか」を自分の言葉で語ってもらい、その語りをそのまま発信する |
候補者は条件面だけでなく、「ここで自分はどう成長できるか」「どのような人と働けるか」といった未来のイメージも重視します。きれいごとだけでなく、課題も含めて社員が正直に語るリアルさが、候補者を引き込みます。
ここで注意したいのが、語りの「届け方」です。
ウェブ制作会社ベイジの「新卒採用における採用サイト利用実態調査(2024年度版)」(回答1,842名)によると、学生が採用サイトで「まず見たい」情報は募集要項39.85%・仕事内容30.35%が上位で、企業が力を入れがちな「企業理念」「代表メッセージ」は上位3位に入りませんでした。
社員インタビューも「まず見たい」情報の上位ではないとされています。
参考:ウェブ制作会社ベイジ「新卒採用における採用サイト利用実態調査(2024年度版)」
つまり、社員の語りは価値があるものの、それを冒頭に押し出すのではなく、候補者が知りたい具体的な情報を入り口にしながら自然に触れてもらう設計が大切です。
▼関連記事:【2025年版】採用ブランディングとは?メリットや失敗しない進め方、事例を解説
1on1|メンバーの語りを引き出す
1on1では、評価や指導の場ではなく、メンバーが自分の言葉で経験を語る場として運用しましょう。制度として1on1を導入しても、中身がともなわなければ形だけのものになってしまうためです。
| 1on1での進め方 | |
| NG例 | 上司が進捗を確認し、課題を指摘してアドバイスを伝えて終わる(上司が話す時間が大半) |
| OK例 | 部下に「最近どんなときに手応えを感じたか」を語ってもらい、さえぎらずに聴いて「それはどういうことか」と問いを返す |
ここで先述のナラティブアプローチが活きます。部下のドミナント・ストーリー(思い込み)をさえぎらずに聴き、相手の内省を促す質問で思い込みを一緒にほぐしましょう。指摘を急がず語りを引き出す姿勢が、意味のある対話に変えていきます。
1on1を形骸化させず、部下の成長や信頼関係の構築につなげる具体的な進め方や効果については、こちらの記事も参考にしてください。
▼関連記事:1on1ミーティングとは?注目されている背景や期待される効果などを解説
理念の浸透(インナーブランディング)|理念を自分事化してもらう
企業の理念浸透では、経営が掲げた理念を上から配るのではなく、社員一人ひとりが自分の経験と結びつけて語り直せる状態を作ることが大切です。そのために、ナラティブを活用しましょう。
| 理念を浸透させる方法 | |
| NG例 | 全社集会で理念を読み上げ、ポスターやカードで配布して終わる |
| OK例 | 社員が「この理念を自分の仕事でどう体現したか」を語る場を設け、その語りを社内で共有する |
なお、理念や物語の受け取り方には世代差もあります。マイナビキャリアリサーチLabの「ライフキャリア実態調査2022」では、企業文化や価値観への共感を促す施策に対して、好感度が「上がった」と答えた割合は20代62.7%に対し、50代44.6%でした。
そのため、全社員へ同じ言葉で一律に発信するだけでは、響く層と響かない層が分かれてしまいます。
たとえば若手には「この理念が自分のキャリアにどうつながるか」を語ってもらう場を用意し、ベテランには現場で培った経験と理念を結びつけて語ってもらう。世代ごとに語り方や場の設計を変える工夫が、浸透の度合いを左右します。
参考:マイナビキャリアリサーチLab「ライフキャリア実態調査2022」
企業理念やビジョンを単なるスローガンで終わらせず、社員に浸透させて形骸化を防ぐ具体的な方法については、こちらの記事で詳しく解説しています。
▼関連記事:企業理念とは?ビジョンとの違い・形骸化させない作り方と浸透方法
ナラティブに関するよくある質問
ナラティブについて、検索されることの多い疑問に答えます。
ナラティブの例文・使い方を教えてください
ビジネスでは「採用にナラティブの視点を取り入れる」「顧客のナラティブに寄り添う」といった形で使われます。
例えば「社員一人ひとりのナラティブを採用広報で発信する」と言えば、会社からの一方的なメッセージではなく、社員自身の語りを軸にした発信を指します。
ナラティブマーケティングとは何ですか?
ナラティブマーケティングとは、顧客一人ひとりを物語の主人公と捉え、その語りに寄り添うマーケティング手法です。
企業が商品の魅力を一方的に伝えるストーリーテリングと異なり、顧客が自分の物語として商品やサービスを受け取れるようにする点に特徴があります。SNSなどを通じて顧客が語る場を用意する手法が代表例です。
ナラティブ採用が向いているのはどんな企業ですか?
知名度が高くない企業や、入社後のミスマッチに悩む企業ほど向いています。条件や知名度で勝負しにくい分、働く人の語りや自社のリアルな姿を伝えることが差別化につながるためです。
ナラティブをビジネス・人事領域で活かそう
ナラティブとは、語り手自身の視点や意味づけによって紡がれる、現在進行形の物語です。企業が一方的にメッセージを届けるだけでは共感を得にくくなった今、採用・1on1・理念浸透といった人事領域でも重要性が高まっています。
ただし、ナラティブを活用するには、社員や候補者の語りを引き出すだけでなく、それを採用広報や組織づくりに活かす仕組みが必要です。求める人物像の設計、選考フローの見直し、理念を浸透させる場づくりなど、実践には人事・組織開発の知見が欠かせません。
社内だけで体制を整えるのが難しい場合は、外部のプロ人材を活用するのも一つの方法です。coachee Agent Proでは、採用や人事領域に知見を持つプロ人材を、正社員・顧問の両方で紹介しています。

ナラティブを一過性の施策で終わらせず、採用や組織づくりに根付かせたい場合は、こうした外部人材の活用も選択肢として検討してみてください。