「固定残業代を導入しているが、違法にならないか不安だ」
「求人票に固定残業代と記載したら、応募が減ってしまった」
このような悩みを抱える人事担当者の方も多いのではないでしょうか。固定残業代は、制度そのものは合法です。しかし、運用や開示の方法を誤ると、労務トラブルや採用上の不利につながるリスクがあります。
そこで本記事では、固定残業代の概要や計算方法、違法になるケースから、企業が導入するメリット・デメリット、従業員とのトラブルを防ぐ運用のポイントまで解説します。ぜひ最後までお読みください。
固定残業代の運用見直しや労務体制の整備について専門家に相談したい方は、coachee人事シェアの活用もあわせてご検討ください。
固定残業代とは
固定残業代とは、一定時間分の時間外労働に対する残業代を、あらかじめ毎月の給与に含めて支払う制度です。「みなし残業代」「定額残業代」と呼ばれることもありますが、いずれも同じ制度を指します。固定残業代には、大きく分けて2つの種類があります。
| 概要 | 例 | |
| 基本給組み入れ型 | 基本給の中に固定残業代を含めて表記・支給する形式 | 基本給30万円 (うち固定残業代5万円・20時間分を含む) |
| 手当型 | 基本給とは別に「固定残業手当」として支給する形式 | 基本給25万円 + 固定残業手当5万円(20時間分) |
手当型は基本給と固定残業代の区分が明確なため、給与明細上のトラブルが起きにくい傾向にあります。一方、基本給組み入れ型は区分があいまいになりやすく、適法要件を満たさないと判断されるリスクが高まります。
いずれの型を採用する場合も、次章で解説する適法要件を満たすことが不可欠です。
固定残業代の適法要件
固定残業代は、以下の要件を満たさなければ違法と判断される可能性があります。自社の運用状況と照らし合わせながら確認してみてください。
| 要件 | チェック内容 |
|---|---|
| ① 雇用契約書・就業規則への明記 | 固定残業代の制度を雇用契約書および就業規則に明確に記載しているか |
| ② 金額・対象時間数の明示 | 固定残業代の金額と、それが何時間分の残業に相当するかを明示しているか |
| ③ 最低賃金の遵守 | 基本給から固定残業代を差し引いた金額が、最低賃金を下回っていないか |
| ④ 法定割増賃金率の遵守 | 固定残業代の時間単価が、法定割増率(25%以上)を満たしているか |
| ⑤ 超過分の追加支払い | 実際の残業時間が固定時間を超えた場合、差額を追加で支払っているか |
| ⑥ 上限時間の妥当性 | 固定残業時間が月45時間を大幅に超える水準に設定されていないか |
特に②と⑤は、労働基準監督署の調査や未払い残業代請求で争点になりやすい項目です。求人票についても、職業安定法の改正により固定残業代の金額・時間数・超過分の追加支給がある旨の明示が義務づけられています。
自社の運用が適法かどうか確認したい方は、労務領域に精通した専門家への相談が有効です。coachee人事シェアでは、労務管理の実務経験が豊富な人事プロ人材が、制度設計や運用の見直しを支援します。
固定残業代の計算方法
固定残業代を正しく設計するには、1時間あたりの基礎賃金を算出し、割増賃金率を掛けて計算します。計算方法は下記のとおりです。
1時間あたりの基礎賃金 = 月給 ÷ 月平均所定労働時間
月平均所定労働時間は「年間所定労働日数 × 1日の所定労働時間 ÷ 12」で求めます。家族手当・通勤手当・住宅手当など、労働基準法で除外が認められている手当は原則として基礎賃金に含めません。(※例外あり)
割増賃金率は、時間帯や残業時間によって変わります。
| 残業の種類 | 割増率 |
|---|---|
| 時間外労働(月60時間以下) | 25%以上 |
| 時間外労働(月60時間超) | 50%以上 |
| 深夜労働(22時〜翌5時) | 25%以上 |
| 休日労働(法定休日) | 35%以上 |
【固定残業手当の計算式】
1時間あたりの基礎賃金 × 割増率 × 固定残業時間
たとえば基礎賃金が1,250円、固定残業時間が20時間の場合、「1,250円 × 1.25 × 20時間 = 31,250円」が固定残業手当となります。
固定残業代が違法になるケース
固定残業代は制度自体が違法ではないものの、運用の不備によって違法と判断されるケースがあります。見落としやすい4つのパターンを解説します。
求人票・雇用契約書への記載が不十分なケース
固定残業代の金額、対象となる残業時間数、超過分を追加で支払う旨の3点が明記されていない場合、制度自体が無効とみなされるリスクがあります。
職業安定法の指針では、求人票にもこの3点を明示するよう求められています。たとえば「月給25万円(固定残業代含む)」とだけ記載し、金額や時間数の内訳がない求人票は、記載不十分と判断される可能性があります。
基本給が最低賃金を下回るケース
「固定残業代を含めた月給では最低賃金を上回っていても、基本給から固定残業代を差し引いた金額で時給換算すると最低賃金を下回っている」といったパターンも、違法となるリスクが高いです。
最低賃金は毎年10月に改定されるため、固定残業代の設計時には問題がなくても、改定後に基本給が最低賃金未満になる場合があります。毎年の改定時に基礎賃金の時給換算を再確認する運用が欠かせません。
超過分の残業代を支払っていないケース
固定残業代はあくまで「一定時間分」の残業代を定額で支払う制度であり、実際の残業が固定時間を超えた場合は差額の支払いが必要です。
「固定残業代を払っているから追加の残業代は不要」という誤解は、未払い残業代請求の原因として多く見られます。勤怠管理で実残業時間を正確に把握し、超過分を毎月精算する仕組みを整えましょう。
45時間を大幅に超えた時間数を設定しているケース
労働基準法の36協定では、時間外労働の上限は原則月45時間とされています。固定残業時間をこの上限に近い、あるいは大幅に超える水準で設定すると、無効と判断されるリスクが高まります。
また「固定残業代40時間」と聞くだけで求職者が不安を感じるケースもあり、採用面でもマイナスに働きかねません。制度の安全性と採用競争力の両面から、固定残業時間は20〜30時間程度に抑えるのが良いでしょう。
自社の固定残業代制度が適法に運用されているか不安な方は、労務の専門知識をもつ外部のプロ人材へ相談してみませんか。coachee人事シェアでは、労務管理の実務経験が豊富なプロ人材が制度の点検や改善を支援します。
固定残業代を自社に導入するメリット
固定残業代に対してネガティブな印象をもつ求職者は少なくありません。しかし、適切に運用すれば企業・従業員の双方にとって合理的な制度となり得ます。固定残業代を導入することによって得られるメリットを整理してみましょう。
人件費の予測が立てやすくなる
固定残業代を導入すると、毎月の残業代が一定額になるため、月次・年次の人件費を事前に把握しやすくなります。予算策定や経営計画において労務費の見通しが安定する点は、経営層にとってメリットといえるでしょう。
特に採用や増員を検討する際、1人あたりの人件費をあらかじめ試算できるため、コストシミュレーションの精度が高まります。
残業代の計算・支払い業務の負担が減る
固定残業代がない場合、毎月の残業時間を従業員ごとに集計し、個別に残業代を算出する必要があります。固定残業代を導入すれば、固定時間内の残業代計算が不要になり、給与計算ミスや支払い漏れのリスクも低減します。
人事・給与担当者の工数を削減できるため、採用や制度設計など他の業務にリソースを振り向けられる点もメリットです。
従業員の毎月の収入が安定する
従業員にとっては、残業の多い月・少ない月にかかわらず一定額の収入が保証されるため、生活設計が立てやすくなります。「今月は残業代が少なかったから給与が下がった」といった気持ちにならないため、精神的にも良いでしょう。
企業側の視点では、「毎月の収入が安定する」点を福利面の訴求ポイントとして採用活動に活用できます。
業務効率化へのインセンティブが生まれる
固定残業時間内に業務を終えても支給額は変わらないため、従業員にとっては「早く終わらせるほど時間あたりの報酬が上がる」状態になるため、生産性向上や不要な残業の抑制につながります。
ただし、このインセンティブが機能するのは、適切な労働時間管理と業務量の調整が前提です。固定残業代だけを導入して労務管理を怠ると、サービス残業の温床になりかねない点には注意してください。
固定残業代を自社に導入するデメリット
固定残業代にはメリットがある一方、運用を誤るとリスクも生じます。デメリットを正しく理解して固定残業代の導入可否を検討しましょう。
人件費が想定より上昇するリスクがある
固定残業時間を超えた分の残業代は追加で支払う義務があるため、超過勤務が常態化すると人件費が想定を上回ります。
超過残業代の発生を防ぐには、導入前に自社の平均残業時間を正確に把握し、実態に即した時間数を設定することが重要です。
長時間労働・サービス残業を助長しやすい
「固定で残業代を払っているのだから、その分は働いてもらう」という意識が管理職側に生まれやすく、従業員側も超過分の申告をためらう職場風土が醸成されるリスクもあります。
固定残業代はあくまで「一定時間分の残業代を保証する制度」であり、その時間まで働かせる制度ではありません。人事担当者としては、勤怠記録の定期的なチェックと、超過勤務が発生しにくいよう業務量を調整する努力を継続する必要があります。
求職者に「残業が多い会社」と誤解されやすい
求職者の間では固定残業代に対して強い警戒感を抱いている方もいます。求人票に固定残業代の記載があるだけで、応募をためらう求職者も珍しくありません。
固定残業時間・金額・超過分の支払い方針を明示したうえで、実際の平均残業時間を開示するといった対策を取れば、求職者の不安を軽減しやすいです。
固定残業代の運用で労務トラブルを防ぐためのポイント
固定残業代は、導入時に適法要件を満たしていても、運用中にトラブルが生じるケースがあります。制度を形骸化させないために、以下のポイントを定期的にチェックしてください。
【就業規則・雇用契約書の定期的な見直し】
法改正や社内制度の変更に伴い、就業規則や雇用契約書の記載内容が実態と合わなくなる場合があります。少なくとも年1回は、固定残業代の金額・対象時間数・超過分の支払い規定が正しく反映されているか確認しましょう。
【最低賃金の改定への対応】
最低賃金は毎年10月に改定されます。改定後に基礎賃金の時給換算が最低賃金を下回っていないかチェックしてください。改定幅が大きい年は、固定残業代の金額や基本給の調整が必要になる場合もあります。
【勤怠管理システムによる実態把握】
固定残業時間と実際の残業時間の乖離を放置すると、未払い残業代のリスクが増大します。勤怠管理システムを活用し、部署別・個人別の残業時間を月次で把握する体制を整えてください。超過勤務が続く部署があれば、業務量の見直しや人員配置の調整を検討しましょう。
【管理職・現場への制度趣旨の周知】
固定残業代の趣旨を管理職や現場が正しく理解していないと、「固定時間分は残業させてよい」という誤った運用を行ってしまいかねません。制度の目的や超過申告のルールについて、定期的に説明の場を設けることが重要です。
これらの運用を社内だけで回しきれない場合は、労務実務に精通した外部のプロ人材を活用してみませんか。coachee人事シェアでは、就業規則の見直しや勤怠管理体制の構築など、労務管理の実務を経験豊富なプロ人材が支援します。
coacheeが企業の働き方改革・労務管理の改善を支援した事例
固定残業代の適正運用には、労務管理全体の見直しが必要になる場合があります。ここでは、coachee人事シェアのプロ人材が労務体制の改善を支援した事例を紹介します。
製造業(電子機器メーカー)の事例
プライム市場上場・従業員約4,000名の電子機器メーカーでは、在宅勤務や時間休の導入といった働き方改革への対応が求められる中、法令違反リスクのある既存制度の見直しが急務となっていました。社内リソースだけでは対応が困難だったため、coachee人事シェアのプロ人材が36協定の届出や就業規則の改正、勤怠システムの運用整備を主導しました。
その結果、法令違反リスクのあった制度は法令遵守の状態にアップデートされ、業務マニュアルの整備により引き継ぎも円滑になりました。労働基準監督署の監査にもスムーズに対応できる体制が構築されています。
関連記事:製造業における働き方改革の推進と人事労務オペレーションの高度化
医療機器メーカーの事例
東証一部上場(当時)・従業員約2,500名の医療機器メーカーでは、グローバル競争の激化に加え、M&Aに伴う人事制度の統合・整備が求められていました。そこでcoachee人事シェアのプロ人材が、新処遇制度の導入や給与・職制改革を担当し、労務対応や労組交渉にも携わりました。
職制の明確化と公正な評価制度が整備されたことで、組織の安定性と人材力の底上げにつながっています。M&Aに伴う人事戦略・制度統合も、コア部分の統合を完了しました。
関連記事:医療機器メーカーにおける人事制度改革と人材育成の体系化
固定残業代制度について理解して法令を遵守しよう
固定残業代は、制度そのものに問題があるわけではありません。運用と情報開示の方法次第で、企業・従業員双方にとってメリットのある制度となり得ます。
もし制度の設計・見直しや労務管理体制の構築を一人で進めることに不安がある場合は、外部の人事プロ人材を活用するのもおすすめです。coachee人事シェアでは、労務管理に精通したプロ人材が、制度設計から運用改善まで実務レベルで伴走します。