「パート・アルバイトの正社員登用制度をつくりたいが、何から手をつければよいかわからない」——人事担当者の方からよくいただくご相談です。
- 制度の整備が法律上の義務だと聞いたが、何をすれば義務を果たしたことになるのかが曖昧
- 助成金が使えるらしいが、要件が複雑で申請を諦めてしまった
- 登用したものの、既存の正社員との間に不公平感が生まれてしまった
本記事では、正社員登用制度の法的な位置づけ、キャリアアップ助成金で最大80万円を受給するための条件、そして制度を運用する5つのステップを、法令と厚生労働省の一次情報にもとづいて解説します。読み終えるころには、自社で制度を設計・運用するための具体的な手順が明確になるでしょう。
正社員登用制度とは|非正規雇用者を正社員に転換する仕組み
正社員登用制度とは、契約社員・派遣社員・パート・アルバイトなどの非正規雇用労働者を、正社員(通常の労働者)へ転換する社内制度です。
「登用」という言葉から昇進・昇格をイメージされることがありますが、両者は異なります。昇進が同一の雇用区分内での役職変更であるのに対し、正社員登用は雇用区分そのものを変更する手続きです。
| 項目 | 正社員登用 | 昇進・昇格 | 無期転換(労働契約法第18条) |
|---|---|---|---|
| 変わるもの | 雇用区分(非正規→正社員) | 役職・等級 | 契約期間(有期→無期) |
| 労働条件 | 賃金・待遇が正社員基準になる | 役職手当等が変動 | 原則として従前の条件を維持 |
| 発生の契機 | 企業の制度・試験による | 人事評価による | 通算5年超で労働者が申込み |
| 企業の裁量 | 制度設計は企業が決める | 企業が決める | 要件を満たせば拒否できない |
とくに混同されやすいのが無期転換です。無期転換は有期契約が通算5年を超えた労働者からの申込みにより無期労働契約へ転換される仕組みであり、原則として労働条件は従前のまま引き継がれます。つまり「無期契約のパートタイマー」が生まれるだけで、正社員になるわけではありません。この違いを理解しないまま制度を説明すると、労働者との認識齟齬がトラブルの火種になります。
正社員登用制度の整備は法律上の措置義務です
正社員登用制度は「あれば望ましい福利厚生」ではありません。パートタイム・有期雇用労働法第13条により、事業主には通常の労働者への転換を推進するための措置を講じる義務が課されています。
具体的には、次のいずれかの措置を講じなければなりません。
- 正社員の募集内容の周知|通常の労働者を募集する場合、その募集内容を既に雇用しているパートタイム・有期雇用労働者に周知する
- 社内公募への応募機会の付与|通常の労働者のポストを社内公募する場合、既に雇用しているパートタイム・有期雇用労働者に応募機会を与える
- 転換試験制度の設置|パートタイム・有期雇用労働者が通常の労働者へ転換するための試験制度を設ける
- その他の転換推進措置|上記に準ずる転換推進のための措置を講じる
「声をかけている」だけでは義務を果たしたことになりません
実務上、最も見落とされやすい論点がここです。事業主が「正社員になってほしい」と考える一部のパートタイム・有期雇用労働者にだけ個別に声をかけるやり方は、法第13条が求める措置を実施しているとは言えません。
事業所内のすべてのパートタイム・有期雇用労働者に対して、通常の労働者へ転換できる機会が付与されるよう、公正で客観的な仕組みを整える必要があります。あわせて、措置の内容そのものを対象労働者へ周知することも求められます。
「制度は就業規則に書いてあるが、誰も知らない」という状態は、実質的に措置を講じていないものと評価されかねません。制度の存在と応募方法を、対象者全員が認識できる形で告知してください。
企業が正社員登用制度を活用する3つのメリット
法的義務であることを差し引いても、正社員登用制度には企業側の実利があります。
1. 採用コストと早期離職リスクを同時に抑えられる
自社での就業実績がある人材を登用するため、スキル・勤務態度・カルチャーフィットをすでに確認済みの状態で正社員化できます。外部から中途採用する場合に生じる「入社してみたら合わなかった」というミスマッチのリスクを大幅に下げられるでしょう。
2. 既存の非正規雇用労働者のモチベーションが向上する
登用の道筋が明示されていること自体が、日々の業務への動機づけとして機能します。逆に登用ルートが見えない職場では、優秀な人材ほど正社員採用を行う他社へ流出しやすくなります。
3. 助成金による財務的なメリットがある
後述するキャリアアップ助成金により、正社員化1人あたり最大80万円(中小企業)を受給できる可能性があります。
キャリアアップ助成金で最大80万円を受給する条件
正社員登用と最も相性のよい制度が、キャリアアップ助成金の正社員化コースです。有期雇用労働者やパートタイム労働者の正社員化・処遇改善に取り組む事業主を支援する制度で、金額規模が大きいため制度設計の段階から織り込む価値があります。
| 区分 | 中小企業 | 大企業 |
|---|---|---|
| 第1期(正社員化から6か月経過後) | 40万円 | ― |
| 第2期(12か月経過後・重点支援対象者のみ) | 40万円 | ― |
| 合計(重点支援対象者の場合) | 最大80万円 | ― |
| ウェブサイト公表加算(令和8年度新設・1事業所あたり) | 20万円 | 15万円 |
「重点支援対象者」に該当するかが分かれ目です
第2期の40万円を受給できるのは、重点支援対象者を正社員化した場合に限られます。通常のパート・契約社員を正社員化した場合は第1期の40万円のみとなるため、ここを取り違えると受給見込み額が半分になります。
重点支援対象者に該当するのは、主に次の方々です。
- 雇入れから3年以上継続して就業している有期雇用労働者
- 雇入れから3年未満で、過去5年間に正規雇用労働者として働いた期間が通算1年以下、かつ過去1年間正規雇用労働者として雇用されていない有期雇用労働者
- 上記いずれかに該当する派遣労働者
- 母子家庭の母等
- 人材開発支援助成金の訓練修了者
最後の項目は実務上とくに重要です。人材開発支援助成金を活用して訓練を実施し、その修了者を正社員化すれば重点支援対象者に該当します。訓練の助成と正社員化の助成を連続して設計できるため、制度の組み合わせとして効率的でしょう。訓練側の制度は「人材育成の助成金5選|人材開発支援助成金の助成率・要件と申請の流れを解説」で解説しています。
令和8年度(2026年度)に新設された加算措置
令和8年度4月8日、正社員化コースに新たな加算措置が設けられました。正規雇用労働者等への転換等に係る所定の情報を、自社が管理するウェブサイトまたは職場情報総合サイト「しょくばらぼ」に公表した場合、1事業所あたり20万円(大企業は15万円)が加算されます。
情報公表は採用広報の観点でもプラスに働きます。登用実績を対外的に開示することで、求職者に対して「この会社は非正規からでもキャリアを築ける」というメッセージを届けられるでしょう。
※支給額・要件は年度ごとに改正されます。申請前に必ず当該年度の最新パンフレットと管轄労働局の案内をご確認ください。
正社員登用制度活用前に知るべき3つのデメリット
制度には負の側面もあります。導入前に把握しておきましょう。
1. 人件費が構造的に増加する
正社員化により、基本給の上昇に加えて社会保険料の事業主負担、賞与、退職金の引当が発生します。助成金は一時金であり、増加した人件費を継続的に補填するものではありません。中長期の人件費計画に織り込んだうえで判断してください。
2. 既存正社員との公平性の問題が生じる
新卒採用や中途採用で入社した正社員から見ると、登用者は「選考基準が異なるのに同じ待遇」と映る場合があります。登用基準を明文化し、既存社員にも開示しておくことが不可欠です。
3. 不合格者のモチベーション低下を招く
試験制度を設ける以上、不合格者が生まれます。結果のみを通知して終わりにすると、対象者は「評価されなかった」という事実だけを受け取ります。不合格時のフィードバックを制度に組み込んでおきましょう。適切な伝え方は「フィードバックとは?効果や正しい手順を解説」を参考にしてください。
正社員登用の一般的な4つのパターン
登用の判断方法は、企業規模や職種によっていくつかの型に分かれます。
| パターン | 内容 | 向いている企業 |
|---|---|---|
| 試験型 | 筆記試験・面接等の選考を実施して判断 | 対象者が多く、客観性の担保が必要な企業 |
| 推薦型 | 直属上長の推薦をもとに審査 | 現場の実態を重視したい中小規模の企業 |
| 勤続年数型 | 一定期間の勤務と評価をもって自動的に対象化 | 定着率を高めたい労働集約型の企業 |
| 公募型 | 正社員ポストを社内公募し、応募者から選考 | 欠員補充のタイミングで登用したい企業 |
なお法第13条の観点では、推薦型のみで運用すると「上長が声をかけた人だけが対象」という状態になりやすく、公正性の確保に注意が必要です。推薦型を採る場合も、本人からの応募(自薦)ルートを併設しておくと安全でしょう。
正社員登用だけでは埋まらないポジションはありませんか
正社員登用制度は、既存人材の定着とコスト効率の面で有効な打ち手です。一方で、次のような課題は登用だけでは解決できません。
- 管理職・マネジメント層のポストが空いているが、社内に候補者がいない
- IT/DX領域の専門人材が必要だが、非正規雇用者の中に該当スキルの保有者がいない
- 制度設計そのものを担える人事の経験者が不足している
coachee Agent Proは、IT/DX・エグゼクティブ・HR領域に特化した人材紹介サービスです。企業と求職者の双方を同じリクルーティングコーチが担当する両面型支援により、スキル要件だけでなく人柄やカルチャーフィットまで見極めたご紹介を行っています。
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【5ステップ】正社員登用制度運用の流れ
ここからは、制度をゼロから設計・運用する手順を整理します。
ステップ1|登用要件と選考基準を明文化する
勤続年数、勤務実績、必要スキル、推薦の要否などを文書化します。ここが曖昧なままだと、後の不公平感やトラブルの原因になります。既存正社員の要件と整合が取れているかも確認してください。
ステップ2|就業規則・雇用契約書に反映する
登用制度は就業規則へ記載します。あわせて、登用後の労働条件(賃金体系・勤務時間・異動の有無など)を明示した書面を準備しておきましょう。
ステップ3|対象者全員へ制度を周知する
法第13条の要請どおり、事業所内のすべての対象者へ制度の内容と応募方法を周知します。掲示、社内システム、朝礼など、対象者が確実に認識できる複数の経路を用意すると確実です。
ステップ4|選考を実施し、結果を通知する
選考基準に沿って公正に実施します。不合格者には、次回に向けて何を満たせばよいかを具体的に伝えてください。
ステップ5|登用後のフォローと助成金申請を行う
登用して終わりではありません。役割・期待値の変化に伴う立ち上がり支援が必要です。キャリアアップ助成金を申請する場合は、正社員化から6か月経過後に第1期、重点支援対象者であれば12か月経過後に第2期の申請を行います。
登用後のキャリア設計については「キャリアパスとは?意味や具体例、制度設計から部下の育成面談での活かし方まで完全解説」もあわせてご覧ください。
【失敗パターン付】正社員登用で起こるトラブル回避策
実務で起こりやすいトラブルと、その回避策を整理します。
| 失敗パターン | 何が起きるか | 回避策 |
|---|---|---|
| 登用基準が非公開 | 「なぜ自分は選ばれないのか」という不信感が生まれる | 基準を文書化し、対象者全員に開示する |
| 一部の対象者にのみ声かけ | 法第13条の措置義務を満たさない可能性がある | 全対象者に応募機会を付与する仕組みにする |
| 登用後の労働条件が未整備 | 「思っていた条件と違う」と早期離職につながる | 登用前に労働条件を書面で明示する |
| 無期転換との混同 | 労働者が「正社員になれる」と誤解する | 制度説明時に両者の違いを明示する |
| 不合格者へのフォロー欠如 | モチベーションが低下し離職する | 選考結果とあわせて改善点を具体的に伝える |
| 助成金要件の確認漏れ | 重点支援対象者でなく受給額が半減する | 申請前に対象者区分を労働局へ確認する |
とくに「無期転換との混同」は説明コストを惜しんだ結果として起こります。制度説明の資料に必ず比較表を入れておきましょう。
よくある質問(FAQ)
Q1. 正社員登用制度は必ず設けなければならないのですか。
A. パートタイム・有期雇用労働法第13条により、事業主は通常の労働者への転換を推進する措置を講じる義務があります。ただし措置の方法は4つの選択肢から選べるため、必ずしも「試験制度」という形である必要はありません。募集内容の周知や社内公募への応募機会付与でも要件を満たし得ます。
Q2. 登用の実績がゼロでも法律違反になりますか。
A. 法第13条が求めているのは転換を推進する「措置を講じること」であり、一定数の登用実績を義務づけるものではありません。ただし、措置が形骸化しており実質的に機会が与えられていない場合は、措置を講じたと評価されない可能性があります。
Q3. 派遣社員も正社員登用の対象になりますか。
A. 派遣社員は派遣元との雇用契約であるため、派遣先が直接登用する場合は紹介予定派遣など別の枠組みが必要です。なおキャリアアップ助成金の重点支援対象者には、一定の要件を満たす派遣労働者も含まれます。
Q4. 助成金は正社員化した人数分だけ受給できますか。
A. 1人あたりの支給という考え方ですが、1年度あたりの支給申請上限人数が定められています。大量の登用を予定している場合は、年度をまたいだ計画を立てる必要があるでしょう。詳細は管轄労働局にご確認ください。
Q5. 登用後すぐに退職された場合、助成金はどうなりますか。
A. 正社員化から6か月間の継続雇用と賃金の支払いが第1期の支給要件です。この期間内に退職した場合は受給できません。登用後の定着支援を制度に組み込んでおくことが、助成金の観点でも重要になります。
Q6. 正社員登用と中途採用は、どちらを優先すべきですか。
A. 目的によります。既存業務を担う人員の安定確保が目的であれば登用が有利です。一方、社内にないスキルや新しい視点を求める場合、あるいは管理職ポストを埋める場合は中途採用が適しているでしょう。両者は代替関係ではなく、補完関係として設計してください。
まとめ
正社員登用制度は、パートタイム・有期雇用労働法第13条にもとづく措置義務であると同時に、採用コストの抑制と人材定着に効く実務的な打ち手です。
制度を機能させる鍵は3つあります。第一に、登用基準を明文化し全対象者へ周知すること。第二に、無期転換との違いを丁寧に説明し、認識齟齬を防ぐこと。第三に、キャリアアップ助成金の重点支援対象者の要件を事前に確認し、受給機会を取りこぼさないことです。
制度設計に着手する際は、就業規則の改定と労働局への事前相談をセットで進めることをおすすめします。
社内登用では埋まらないポジションのご相談を承ります
正社員登用は既存人材の活用手段として有効ですが、経営ボードや管理職、IT/DXの専門人材といったポジションは、社内登用だけで充足させることが困難です。
coachee Agent Proでは、経営ボード(CXO)・経営/事業企画・管理職層から、ITコンサル・PM/PdM・各種エンジニア、CHRO・人事全般・労務まで幅広くご支援しています。母集団の数ではなくマッチングの精度を重視し、面接や結果出しの前には担当者と随時情報を共有する体制を取っています。
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監修者
高橋 秀誓(たかはし ひでちか)|coachee株式会社 代表取締役 / 情報管理責任者
国家資格キャリアコンサルタント、プロティアン認定ファシリテーター、人的資本開示国際規格 ISO30414 リードコンサルタント。有料職業紹介免許 14-ユ-302056。人材業界歴約10年。エグゼクティブ・Web・IT・SI・HR領域でのリクルーティングおよびキャリア形成支援に従事し、キャリア相談実績は3,500人以上。
参考・出典
※本記事の助成金額・要件は令和8年度版の公表資料にもとづく情報です。制度は改正される場合がありますので、申請時は必ず最新の詳細版パンフレットおよび管轄労働局の案内をご確認ください。