「提示年収は引き上げた。それでも最終段階で辞退された」——ミドル層・ハイクラス層の中途採用で、こうした声を聞く機会が増えています。報酬を積み増しても意思決定が動かないとき、採用側は「何が足りなかったのか」を特定しづらくなります。
coacheeでは、IT・DX領域を中心とした候補者面談の記録を継続的に蓄積しています。直近3か月分の面談44件を集計したところ、年収アップを第一の転職動機として語った方は44名中1名(2.3%)にとどまりました。代わりに浮かび上がったのが、「何歳まで、どんな役割で働き続けられるのか」という長期就業の論点と、それが求人票に書かれていないことによる情報ギャップです。
本記事では、面談44件の交差集計から見えたこの構造と、それを踏まえた求人票の書き方を整理します。前回の集計記事(ハイクラスPMが「決めきれない」本当の理由|面談33件で見た採用ミスマッチの原因「上流志向 × 勤務地制約」)では勤務地制約を扱いましたが、今回はそれとは別の軸を取り上げます。
調査概要|面談44件・2026年5月〜8月の集計
対象は、coacheeのキャリアアドバイザーが実施した候補者面談の記録です。集計にあたり、検索でヒットした59件から次の条件で除外し、母数を確定しました。
- 法人商談・社内会議・テスト・重複ショートカット:3件
- メモ本文が生成されなかったもの(通話時間が短い、通信トラブル等):8件
- 同一候補者の2回目以降の面談(初回面談に統合):4件
結果、母数は44名(n=44)、集計期間は2026年5月11日〜8月4日です。
職種の内訳は、PM・PMO、社内SE・情報システム部門、SIerの上流SE、ITコンサルタント、DX推進の管理職などが中心でした。直近年収が確認できた29名のうち22名(75.9%)が800万円以上の帯に属しており、ミドル層・ハイクラス層が中心の母集団といえます。
各面談について、次の6軸でYes/Noを判定しました。
- A:年収の低さ・年収アップが第一動機か
- B:勤務地・リモート勤務を転職条件として挙げているか
- C:転勤・リモート制限(出社回帰を含む)を具体的な懸念として述べているか
- D:上流工程志向・役割拡大が動機か
- E:入社前後の情報ギャップ(説明と実態の乖離、情報不足)を論点として述べているか
- F:年齢・長期就業(何歳まで働けるか、長く勤めたい)を自ら論点化しているか
44名中1名|「年収アップが第一動機」はほとんど存在しなかった
6軸の単純集計は以下のとおりです。
- A 年収アップが第一動機:1名(2.3%)
- B 勤務地・リモートを条件化:29名(65.9%)
- C 転勤・リモート制限を懸念:11名(25.0%)
- D 上流志向・役割拡大:31名(70.5%)
- E 入社前後の情報ギャップ:12名(27.3%)
- F 年齢・長期就業を自ら論点化:20名(45.5%)
注目したいのはAの低さです。年収について発言がなかったわけではありません。むしろ多くの方が金額に触れています。ただしその語られ方は「現年収を下回らないこと」という下限条件であって、「上げたいから動く」という動機ではありませんでした。現年収より低い希望年収を提示した方も、44名中に複数含まれています。
一方で、Fに該当した方が45.5%と半数近くに及びました。「60歳以降はどういう雇用形態になるのか」「役職定年はあるのか」「5年後にこの会社で働いている自分が想像できるか」といった問いを、こちらが尋ねる前に候補者側から出してくるケースです。
交差集計|年齢を語る層は、情報ギャップの経験率が約6倍
単純比率だけでは打ち手につながりません。そこでEとFを掛け合わせたところ、明確な偏りが出ました。
- E(情報ギャップ)に該当した12名のうち、10名(83.3%)がFにも該当
- F該当20名のうち、Eにも該当したのは10名(50.0%)
- F非該当24名のうち、Eに該当したのは2名(8.3%)
つまり、年齢・長期就業を自ら論点化する層の情報ギャップ経験率は50.0%で、そうでない層の8.3%に対して約6倍という結果になりました。両方に該当する層は44名中10名(22.7%)です。

この10名をさらに見ると、次の傾向が確認できます。
- 年収アップが第一動機だった方は0名
- 7名は勤務地・リモートも条件として挙げている(B)
- 6名は上流志向・役割拡大も動機に含む(D)
- 5名は育児・介護・配偶者の勤務地といった家庭事情を制約として述べている
報酬で動かない層が、働く年数と働き方の見通しを確認しようとしており、しかもその確認は過去の失敗経験に裏打ちされている——というのが今回の集計から読み取れる姿です。
なぜ情報ギャップは「年齢を語る層」に集中するのか
1. 検証すべき期間が長い
20代・30代前半であれば、入社後に想定と違っても軌道修正の余地があります。しかし50代前後の候補者が確認しようとしているのは「あと3年」ではなく「あと10年から15年」です。検証範囲が広い分、求人票に書かれていない情報が意思決定に占める比重も大きくなります。
2. 確認したい情報が求人票のフォーマットに存在しない
面談で実際に出た質問は、定年年齢、継続雇用の上限、役職定年の有無、同ポジションの年齢構成、シニア層が実際に担っている役割などでした。これらは一般的な求人票の記載欄に含まれていないことが多く、候補者は面接の場か、企業サイトの断片的な情報から推測するしかありません。推測が外れたときに「話が違った」が発生します。
3. 一度の失敗が説明コストになる
今回の集計では、転職回数の多さや短期離職を自ら不安として述べた方が3名(6.8%)いました。数としては少ないものの、いずれも直近の入社先を短期間で離れる判断に直面しており、次の選考でそれをどう説明するかを最大の論点にしていました。年齢が上がるほど「もう一度やり直す」のコストが上がるため、事前確認が慎重になる構造です。
求人票の書き方|ミドル・ハイクラス層に開示したい7項目
以上を踏まえた求人票の書き方として、開示を検討したい項目を整理します。以下は面談で実際に質問として出た論点を、求人票の記載項目に置き換えた例示です。自社の制度に合わせて取捨選択してください。
- 定年年齢と継続雇用の上限:定年が何歳か、その後の再雇用・継続雇用が何歳まで、どの雇用区分で可能かを明記する
- 役職定年の有無と運用実態:制度がある場合は年齢と処遇の変化、廃止した場合はその旨
- 同ポジションの年齢構成:「40代〜50代が中心」など、レンジで示す
- 3年後・5年後の役割イメージ:昇格の道筋だけでなく、スペシャリストとして残る選択肢の有無
- リモートと出社の実運用:制度上の可否ではなく、直近の実績値(例:週2日出社が標準)
- 評価と昇給の決まり方:評価者、評価サイクル、昇給の判断材料
- 中途入社者の立ち上がり支援:オンボーディング期間、メンターの有無、初期アサインの決め方
記載例(NG/OK)
下記はいずれも例示であり、実在の求人票ではありません。
- NG:「リモートワーク可」
OK:「リモート可。同部署の直近3か月の平均出社日数は週2日。プロジェクト立ち上げ期は週3〜4日となる場合があります」 - NG:「年齢不問・経験者歓迎」
OK:「定年60歳、その後65歳まで再雇用制度あり(同職種での継続実績あり)。役職定年制度は設けていません」 - NG:「キャリアパス豊富」
OK:「管理職コースのほか、専門職コースを設置。同職種の在籍者のうち約3割が専門職コースを選択しています」

ポイントは、制度の有無ではなく運用の実績値を書くことです。今回の面談でも、制度としてリモートや在宅勤務があっても実際には出社が求められていた、という経験が語られていました。制度名だけの記載は、候補者にとって検証材料になりにくいといえます。
選考プロセスで補う3つの打ち手
1. カジュアル面談の段階で開示する
年齢や長期就業の質問は、候補者側から切り出しにくい性質があります。選考が進んでから確認して条件が合わないと分かるより、初期段階で企業側から提示したほうが、双方の時間を節約できます。進め方はカジュアル面談の記事もあわせてご覧ください。
2. 同世代・同職種の現場社員と話す場を設ける
今回の集計では、家庭事情を制約として述べた方が16名(36.4%)いました。育児・介護と両立している同世代の社員が実際にどう働いているかは、人事からの説明よりも本人同士の対話のほうが伝わりやすい情報です。
3. オファー段階の条件を書面で残す
面談の中には、入社時に口頭で受けた長期雇用に関する説明が、その後の経営陣の交代とともに実効性を失ったというケースもありました。口頭の合意は、伝えた側がいなくなると検証できなくなります。オファーレターや条件通知書に、勤務形態・評価・雇用期間の考え方まで含めて記載しておくことは、入社後のギャップを減らす方向に働くと考えられます。即戦力採用の失敗例も参考になるはずです。
coachee Agent Proでの支援
coacheeでは、候補者面談で得た定性情報を構造化し、求人票の記載内容や選考設計に反映する支援を行っています。coachee Agent Proでは、募集ポジションごとに「候補者が実際に何を確認しようとしているか」を面談データから整理し、求人票の記載項目・面接での開示順序・オファー時の条件提示までを一貫して設計します。
本記事で示した集計も、こうした運用の一環として蓄積しているデータの一部です。母数や期間が変われば数値も変動しますが、「報酬以外の変数を可視化する」という考え方は、ミドル層・ハイクラス層の採用で共通して有効だと考えています。
よくある質問(例示)
以下は、採用担当の方から実際に寄せられることの多い論点を、一般的な考え方として整理したものです。個別の制度設計は自社の就業規則や労務の専門家にご確認ください。
Q. 求人票に年齢に関する情報を書くと、年齢制限とみなされませんか
労働施策総合推進法(旧・雇用対策法)第9条により、募集・採用における年齢制限は原則として禁止されています。一方で、定年年齢や継続雇用制度といった自社の制度そのものを説明する記載は、応募資格を年齢で絞る記載とは性質が異なります。「◯歳以下の方」といった応募条件ではなく、「定年◯歳、その後◯歳まで再雇用制度あり」という制度情報として書くことが基本です。表現に迷う場合は、ハローワークの求人票記載ルールや社会保険労務士への確認をおすすめします。
Q. 出社日数の実績値を公開すると、応募数が減りませんか
短期的には母集団が絞られる可能性はあります。ただし今回の面談でも、リモート可という記載を見て応募したものの実態が異なっていた、という経験が複数語られていました。実態と異なる記載で集めた応募は、選考の途中や入社後に離脱するリスクを抱えます。応募数と、選考通過後の歩留まりのどちらを重視するかという設計判断になります。
Q. 制度が整っていない場合はどう書けばよいですか
制度がないこと自体が不利になるとは限りません。今回の面談では、制度の有無よりも「聞いたことと実際が一致しているか」を判断軸にしている方が目立ちました。整備途上であればその旨と検討状況を書くほうが、曖昧に書くよりも検証可能な情報になります。
Q. 何名くらいの母数があれば自社でも同じ集計ができますか
統計的な有意性を厳密に問うのであれば相応の件数が必要ですが、採用設計の仮説づくりという目的であれば、数十件規模でも傾向は見えてきます。重要なのは件数よりも、面談ごとに同じ軸で判定を残しておくことです。軸が揃っていないと後から交差集計ができません。
まとめ
面談44件の集計から得られた要点を整理します。
- 年収アップを第一動機とした候補者は44名中1名(2.3%)。年収は動機ではなく下限条件として語られていた
- 年齢・長期就業を自ら論点化した候補者は20名(45.5%)
- 入社前後の情報ギャップを述べた12名のうち10名(83.3%)が、年齢・長期就業も論点化していた
- 年齢を論点化する層の情報ギャップ経験率は50.0%で、そうでない層の8.3%に対して約6倍
- 求人票の書き方としては、制度の有無ではなく運用の実績値(出社日数、継続雇用の実績、コース選択の比率など)の記載が検証材料になりやすい
提示年収を上げても動かない候補者がいるとき、不足しているのは金額ではなく「その先何年、どんな役割で働けるか」の情報かもしれません。求人票の書き方を1項目ずつ見直すところから着手できます。
ミドル層・ハイクラス層の採用設計についてのご相談は、coachee法人向けサービスまでお問い合わせください。